大判例

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仙台高等裁判所 昭和29年(う)565号 判決

原判決は被告人が本件犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨認定し、その証拠として(1)原審証人高橋勇七同高橋豊五郎同高野房子同村上利雄の各証言、(2)原審における被告人の供述、(3)被告人の検察官に対する第一回供述調書を挙げ、それによれば被告人が本件当日自宅において焼酎約二合を飲み、午前十一時頃右高橋豊五郎方に年始廻りに赴き、同人方において焼酎約三合を飲んだ上、更に高橋勇七方に立廻つて帰宅の直後、本件犯行に及んでおり、当日の飲酒量は平素の飲酒量を超えていた上に、相当の距離を歩廻つていた結果、酔の程度も強まつていたので、少くとも犯行当時においては飲酒酩酊して是非善悪の弁識能力が著しく減弱していたことを認めることができるので、被告人が犯行当時心神耗弱の状態にあつたものと認定する旨説明している。成程、原判決挙示の証拠によれば、被告人が本件犯行前に原判決説明の如き経緯で焼酎約五合を飲み、相当の距離を歩き廻つた結果相当酩酊していたことは認められなくはない。しかし、右原審証人中被告人の酔の程度を最も強く表現しているのは村上利雄で、それに徴しても、被告人の話はろれつが廻らない言葉で、身体がふらふらするので家の柱に寄りかかつていたが、その言葉はろれつが廻らないと言つても聞きとれない程ではなく、普通の時とは言葉が違つていた程度で、正月でもあるのでそれ位は当然と思つていたというのであり、特に高橋豊五郎の司法警察員に対する第一回供述調書によれば、被告人が本件犯行直後高橋方へ来て小祝と喧嘩して来た旨話した時には自転車に乗つて来たものであることが認められ、このことは被告人も捜査官に対し自供しているところである。しかも、被告人は司法警察員(第一回、第三回供述調書)、検察官(第一回供述調書)に対しては固より、原審(第一回公判)においても、本件犯行に至るまでの自己の行動、犯行の動機、犯行の模様、犯行後の行動を逐一詳細に供述しているのであつて、このことは被告人が犯行当時における自己の行動に関し明確な認識のあつたことを物語るものである。被告人は原審において平素の酒量は焼酎で三合位である旨供述しているけれども、右事実に照せば、被告人のいう酒量とは自己の行動に関する認識能力を減退せしめる意味のものではないと解さねばならない。以上を総合すれば、被告人が本件犯行当時飲酒酩酊していて、事物の理非善悪を弁識しその弁識に従つて行動する能力が多少減退していたとしても、その能力が著しく減退した状態即ち刑法にいわゆる心神耗弱の状態にあつたものとは到底認めるを得ない。されば、原判決は畢竟事実を誤認したもので、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

同第二について。

記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴すれば

(一) 本件犯行当時被告人は飲酒酩酊はしていたけれども、心神耗弱の状態にあつたものでないことは既に前段説明のとおりである。

(二) 本件犯行の動機は、被告人(当時二十九年)は昭和二十八年六月以来被害者小祝邦夫(当時三十八年)が専務取締役をしていた原判示消防用品株式会社の外務員となつたものであるが、同年十月頃から同会社の経営が困難となり、会社からの給料も満足に貰えなくなり、右被害者に交渉したけれども、同年十二月末までに清算すると言いながら実現できなかつた上に、女子事務員だけに給料の一部を支給したことを聞き、同人の日頃の行動や態度等に痛く憤慨し、折をみて詰問しようと思つていたところ、偶々本件一月二日午後三時頃年始廻りで相当飲食酩酊の上自宅に帰つた際、被害者がこれも多少酔つて被告人宅に来合わせていたため、同人の姿を見るなり、「給料を持つてきたか、持つて来なかつたら顔を見たくないから帰れ」等と怒鳴りつけたことから、口論となつたものである。そして、喧嘩になつてはいけないと被告人の妻が被告人をなだめて、被害者を戸外に連出したが、被害者が直ぐ立去らずに同家流場の前に居たのを憤慨して、被告人は跣足のまま戸外に飛出して被害者にかかつて行つたものである。

(三) 被告人の本件犯行は兇器を用いたのではなく、手拳で殴打したものであり、被告人の供述によれば、被害者は死んだのではなく気絶したに過ぎないものと思い、被害者を妻と二人で自宅に運入れて寝かしてから自転車に乗つて集金に出かけたというのである。しかし、鑑定人三木敏行作成の鑑定書及び原審証人三木敏行の証言に徴すれば、被害者の死因は口部左側と左眼部の打撲に基く軟脳膜下出血による脳圧迫及び脳震盪と推測され、主として口部左側に受けた暴力による可能性の方が多く、その暴力は表面の粗でない鈍体の烈しい打撲によるものと推測され、その受傷後死亡までの時間は短かかつたものと考えられ、他方被害者の血管系統や体質には何等特別の異状はなく、被害者の多少の飲酒は死因に関係のないことが認められ、しかも頸部には比較的軽い圧迫により生じたとみられる索溝と指の圧迫に基くとみられる小豆大の皮膚出血が認められるのである。これらに徴すれば、被告人が被害者の頸部ネクタイ附近を掴んで押さえつけ、手拳で被害者口部左側等を突きあげた力の如何に強烈なものであつたかを窺うに十分であり、手拳だけを用いたとしてもそのやり方はまことに兇暴といわねばならない。

(四) 被害者小祝邦夫は良くも悪くもない普通の人であるが(原審証人下山敏夫の証言)、被告人は酒を飲むと相当乱暴して酒癖のよくないことが窺われる(高橋豊五郎、高橋一男の司法警察官に対する各供述調書)。

(五) 被告人は原審第八回公判において、昭和二十八年十月頃までに遺族に対する慰藉の話をして月三、四千円宛被告人の生涯に亘り遺族に送金したいと述べたが、当審における事実取調の結果によれば、被告人は原審公廷で被害者の妻と顔を合わせても謝罪の言葉を述べず、謝罪の手紙も出さず、未だ一度も遺族に対し謝罪していないのであつて、弔慰金や慰藉料の話などは全然なされていないのであり、被告人の態度には誠意がみられず、改悛の情ありとは認められない。他方、被害者の妻は特に被告人に対する寛大な処置を望んでいるわけではなく、むしろ法の範囲内で厳罰を求めているのである。

(六) 被告人は昭和二十三年六月二十日仙台高等裁判所において窃盗罪により懲役一年六月四年間執行猶予(昭和二十七年四月政令第一一八号減刑令により懲役一年一月十五日に変更、執行猶予期間は昭和二十七年四月二十七日満了)に処せられた事実があるのみでなく、昭和二十八年六月十日仙台簡易裁判所で窃盗罪により懲役十月四年間執行猶予に処せられ、目下執行猶予期間中のものである。

その他、被告人の経歴、家庭事情、犯行の態様、犯行後の事情、そのほか諸般の情状を精査検討するに、被告人に対して特に懲役一年にして再度刑の執行を猶予する恩典を与えて然るべき事情は到底認め難く、原判決の被告人に対する量刑は失当といわざるを得ない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条第三百八十一条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に次のとおり判決することとする。

(罪となるべき事実及び証拠の標目)

当裁判所の認定した事実は、原判示事実中末尾の「なお被告人は本件犯行当時飲酒酩酊して心神耗弱の状態にあつたものである」を削除するほか、すべて原判決摘示の事実と同じであり、その証拠も右に関するものを削除するほか、すべて原判決摘録の証拠と同じであるから、いずれもこれを引用する。

なお、原審弁護人は被告人が本件犯行当時心神喪失の状態にあつた旨主張しているけれども、前段説明の次第で心神耗弱すら認められないのであるから、右主張の理由のないことは自ら明かであり、また被告人の所為が正当防衛である旨主張しているけれども、記録に徴すれば、被告人は妻に戸外へ連出された被害者を更に追つて行つてかかつたものであり、到底自己の権利を防衛するため巳むことを得ざるに出でたものとは認められないから、原審弁護人の右主張は採用に由ない。

(法令の適用)

被告人の原判示所為は刑法第二百五条第一項に該当するので、その所定刑期範囲内で、被告人を懲役二年に処し、なお原審及び当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)

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